kuncoのブログ

資産の最大化と子供の将来を考えながら過ごす、40代の元テキトー金融マン。

人生は運 × 努力 × 思い込み

-  思い込みが運を呼び、未来をひらく - 

ここに書くのは、
これまでの人生で私が感じてきたことだ。
華やかな成功談ではない。

逃げたり、苦しんだりしながら、
それでも「自分は運が良い」と言い聞かせて歩き続けてきた。

そう思わなければ前に進む力が出ない時期が、
確かにあった。

その実感を、言葉にしてみたいと思っている。

運の本質

運は思いどおりにはならない。

それでも、行動していると、
思わぬ巡り合わせに出会うことがある。
そんなふうに感じながら、過ごしてきた。

最初の会社は、心身を削るほど過酷だった。
理不尽な扱いや、暴力が伴う場面さえあった。

新卒で配属された当初から、朝7時半に出社してオフィスの掃除をし、
新人で仕事がほとんどないのに、帰宅はいつも終電前後。
残業代も出なかった。

就職活動から逃げた自分の選択の結果だとしても、
あの環境は、やはり相当に厳しいものだった。

営業中に起こした交通事故を機に退職した時、
「逃げた」という自覚はあった。
それでも前に進もうと、必死にもがき続けていた。

その過程で、結果的に「学歴ロンダリング」と呼ばれるような
新卒カードの再取得につながったが、
それは計画したものではなく、
行き場を失った自分が手探りで動いた先に
「たまたま」見つけた道だった。

退職後の私は、
「何もできない第2新卒」がどうすれば
元の道に戻れるのかを考え続け、
説明できる辞めた理由を探していた。

カナダへ遊学し(半分は逃避だった)、
その後アメリカの大学院(MBA)に進んだ。
そこで初めて本気で勉強し、
努力が形になる感覚を得た。

投資銀行、米国公認会計士、Big4、FIRE。
こうして書き並べると、
外から見える部分だけが強調されてしまう。

けれど、肩書が示すほど順調だったわけではない。
見えないところでは、苦しい時期も長く続いていた。
それでも、希望だけは手放さずに動き続けていた。

投資銀行に入ってからも、
運に振り回される日々が続いた。

良い上司に恵まれたと思った矢先、
その人は半年で転職してしまい、
その後は厳しい上司の下で働くことになった。

新しく来た直属の上司には初めは嫌われ、
仕事の大半を押しつけられ、毎日詰められた。

朝出社すると、自分ともう一人の同僚だけが席にいて、
ふと見ると、ガラス張りの会議室で他のメンバー全員が朝会をしていた。
そんな日が、評価が変わって呼ばれるようになるまで、半年ほど続いた。

深夜のオフィスで、悔しくて泣いた日もあった。
声は出さずに本当に泣いた。

ホームに立つと、
自分の足元がふっと頼りなく感じる瞬間もあった。
疲れが重なり、心も体も限界に近かった。

ほんのわずかなことで折れてしまいそうだった。

クロスボーダーの仕事には大きなやりがいがあり、
誇りを持っていた。

国際会議に参加したり、
海外の要人と会食する機会もあった。
華々しい世界にいても、心はずっと重かった。

ただ、振り返ってみると、
大切だったのは成果そのものではなく、
逃げながらでも希望を手放さず動き続けた時間の方だった。

その積み重ねが、思い描いていなかった未来へ
少しずつつながっていったのだと思う。

気持ちが折れそうな時でさえ、
どこかで「まだ何とかなる」と思い込み、
動き続けていた。

振り返れば、その「わずかな希望」が、
次の偶然をつかむ「余地」を残してくれていたのだと思う。

初めての会社でも、配属された支店が体育会系で、
今思えば、あの環境にいたからこそ早く辞める決断ができた。

同期のいた支店に配属されていたら、
ひょっとすると今でも続けていたのかもしれない。

人生は、最初の「場所」という小さな運で、
大きく方向が変わることがある。

そこから、いくつかのことが見えてきた。

•     運は完全にランダムではない。

    「自分は運が良い」と思い込むことで行動が変わり、
      出会う相手やタイミングも少しずつ変化し、
      結果として運を呼び込むことがある。

•     運は努力を報酬に変える「最後のスイッチ」。

      準備のある人にこそ、そのスイッチは落ちやすい。

•     運は呼び込める。

     信念が行動を変え、行動が環境を変えていく。

 

だからこそ、私はこう思う。

出口が見えるから歩くんじゃない。
歩くから出口に近づくんだ。


逃げてもいい、ただし自覚して逃げる。

私は、逃げた。最初の転職後にも、何度か逃げた。
回り道をし、苦しんだけれど、
それでよかったと今は思っている。

もし「死にたい」と思うほどつらいなら、
心や体が限界に近いと感じるなら、
ためらわず離れてほしい。
まずは、自分を守ることが何より大切だ。

•     逃げるタイミングは最重要。

      心身が壊れる前に離脱する。

•     逃げたと自覚すること。

      言い訳して逃げると自分を失う。
      自覚して逃げる人は、いつか戻る力を持てる。

•     逃げた後の行動で、希望を繋ぐ。

       回復したら、小さく情報を集め、学び直し、試してみる。
       希望が残っている限り、人は再スタートできる。

そうした経験の中で、
私は、「逃げる」という言葉を
以前とは違う意味で捉えるようになった。

逃げることは、必ずしも敗北ではなく、
未来を守るための戦略的撤退になることも多い。

さらに、ある出来事が「失敗」だったかどうかは、
その瞬間には決まらない。

そこから立ち直り、立て直し、
時には以前より良い場所にたどり着けたなら、
それは失敗ではなく、
より大きな成功に向かうための
必要なステップだったと振り返れる。

失敗かどうかを決めるのは未来であり、
その未来を形づくるのは、これからの行動だと思っている。

そして私は、人生は一本道ではないと感じている。
目的地が変わることも、思いがけない方向に進むこともある。

けれど、遠回りに見える道が、
後から振り返ると必要な寄り道だったと思えることもある。
どの道にも次の可能性があり、そこからまた未来を作り直すことができる。


努力の本質

努力には、ただ頑張るだけでは届かないところがある。
私にとって大切だったのは、
「適切さ」と「タイミング」、そして続けられるだけの余白だった。

投資銀行時代、私は「足りないことだらけ」だった。

だから、
上司や先輩のプレゼンを録音して文字起こしし、
まねて何度も練習した。

専門知識が足りなかったので通信講座を受講し、
週に1冊専門書を読み続けた。

「3年間続ければ150冊以上読める。
    その分野の専門家になれる」
その言葉を信じ、実際に行動した。

当然すぐに結果は出なかった。辛かった。
3年経っても足りないことばかりだったけれど、
少しずつ「わかること」が増え、得意な分野もできていった。

「自分は運が良い。続ければ事態は好転する」
そう思い込むことで、努力も仕事も続けることができた。


•     努力は「適切」であるべき。

       独りよがりではなく、検証しながら進む。
       小さく試し、事実に基づき修正する。

•     努力は継続が必要。

      結論は急がない。休息も努力の一部。

•     努力は「思い込み」があるから続けられる。

      自己効力感と希望が、努力の量と質を決める。

自己効力感とは、「やればできるかもしれない」と思える感覚のこと。

自己肯定感が「自分を認める気持ち」だとすれば、
自己効力感は「動き出すための小さな自信」に近い。

最初は「仮説」でいい。
小さく試し、観察し、修正する。

努力は、試行錯誤の中で少しずつ形を変え、
自分に合うものになっていく。

思い込みの力:自己成就予言と希望仮説

思い込みの力は軽くない。

私はずっと「自分は運が良い」と信じてきたし、
信じようとしてきた。

それは、行動を変える前提だった。

•     自己成就予言(self-fulfilling prophecy)

自分が信じたことが、行動を通じて現実になる現象。
「自分は運がいい」と思う

→ 行動が前向きになる

→ チャンスを掴みやすくなる

→ 結果として「運が良かった」という現実が生まれる

成功体験が一つ生まれると、
「自分にもできる」という感覚が少しだけ強くなる。

その小さな自信が次の挑戦を生み、
挑戦がまた次の成功につながる。

そんな「正のループ」が回り始めると、
人生は静かに前へ進み出す。

反対に、失敗が続くと、
挑戦する気力そのものが削られてしまう「負のループ」に入ることもある。

だからこそ、最初の希望をつくることが大切なのだと思う。

•     希望仮説(Hope Theory)

希望は結果ではなく、行動の原動力。希望には二つの要素がある。

1.     目標への道筋を思い描く力(will)

2.     その道を進めると信じる力(way)

私の「自分は運が良いと思い込む」は、この「way」を強化する行為だった。
だから、最初の希望を「先に作る」ことで、努力を継続できた。

最初の希望が一番難しい。

だからこそ、最初は「自分は運が良い」と決めてしまっていい。

希望があれば、行動が始まる。

この二つは役割が違う。
努力だけでは手は伸びないし、
思い込みだけでは手が育たない。
だから両方必要なのだ。

努力・運・思い込みを理解する

サッカーでゴールを決めるには、
ただシュートの練習をするだけでは足りない。

そもそも、ボールが来る状況が必要になる。

•     シュート練習 → チャンスが来たときに決める「技術」

•     ポジショニング練習(戦術理解を含む)

       →パスが来る「場所に身を置く力」

良い位置にいれば、味方は自然とパスを出したくなる。
つまり、「運(=パス)」を引き寄せやすくなる。

私は、ポジショニングとは、
「適切な場所にいれば
(=適切な努力をしていれば)
パス(=運)が自分に来る」
と信じて動き続けること
だと思っている。

そして、「自分なら決められる」と思って走り続ける
「思い込み」が、前に進む力になる。

•     思い込み → 走り続ける勇気

•     努力 → 技術とポジションを磨くこと

•     運 → パスが来る瞬間


結局、ゴールは
技術(チャンスを掴むための努力)
 ×  ポジション(運を引き寄せるための努力)
 × 信念(希望を持つ)
この3つがそろったとき、
ゴールが生まれる。

この図式は、
仕事でも人生でも変わらないと感じている。

引き寄せの法則(定義と、運・努力との関係)

私はこう理解している。

「自分が強く信じていることが、
行動を変え、結果として現実を引き寄せる。」

•     人は「自分が信じている未来」に向かって行動する

•     行動が変われば、出会う人・選ぶ道・掴めるチャンスが変わる

•     結果として「信じていた方向」に現実が動く

引き寄せ(思い込み)は未来への期待をつくり、
努力はその期待に向かって動かし、
運は努力を結果に変える最後のスイッチになる。

幸福の方程式:「運 × 努力 × 思い込み」
この方程式は掛け算。
どれかがゼロなら、結果もゼロになる。

•     結果への影響は「運」が大きい

•     努力の量と質を決めるのは「思い込み」

•     努力がなければ運は掴めない

そして、この3つは循環する。

•     思い込みが努力を生む

•     努力が運を呼び込む

•     運が結果に変わる

•     結果が思い込みを強くする

どこから回し始めればよいか。
私は、最初の希望を作ることが一番難しいと思っている。

だから、「自分は運が良い」と決めてしまうことから始めてもいい。

この視点に行き着くまで

ここに書いてきた考え方は、
最初から持っていたものではない。

迷いながら進む中で、
少しずつ形になっていったものだ。

逃げたり、立ち止まったりしながら、
それでも希望を少しだけ持ち続け、
努力を続けた結果、
今の自分を受け入れられそうなところまで来た。

その過程でわかったことだ。

•     運は呼び込める

•     努力は適切であるべき

•     思い込みは自己肯定感の源

•     希望は行動の原動力

•     逃げてもいい、ただし自覚して逃げる

•     最後は運が決めるが、運は希望を持ちながら努力している人に落ちやすい


これは特別な人だけのものではなく、
誰にでも少しずつ回し始められる循環だと思う。

最後に

人生は「運 × 努力 × 思い込み」で決まる。

どれかがゼロなら、結果はゼロになる。
けれど、今日からできることがある。

•     思い込みを整える

•     小さく努力する

•     運を呼び込む準備をする

出口が見えるから歩くんじゃない。歩くから出口に近づくんだ。
今日の小さな一歩が、次の運のはじまりになっていく。

息子たちが15歳になる頃に伝えたいこと

いつか、息子たちがその年齢になったときに伝えたいことがある。

•     逃げてもいい
心と体が壊れそうなら、ためらわず逃げてほしい。
ただし「逃げた」と自分に正直であれ。

そして、回復したら、小さく前に進もう。

•     運を呼び込む練習

サッカーのポジショニングのように、
「パスが来やすい場所」にい続けること。
準備(技術)と位置取り(戦略)と信じる心(勇気)で、
チャンスはゴールに変わる。

•     方程式を忘れないで

幸福 = 運 × 努力 × 思い込み。
どれかをゼロにしないこと。

最初の希望が一番難しい。
だからこそ、「自分は運が良い」から始めよう。


【注】
このエントリーは、Copilotとの対話をもとに作成したものです。

私自身が抱いた疑問や不安、考えたいテーマを投げかけ、
その対話の中で得た整理や視点をもとに書きました。

ここで扱っている内容は、
あくまで私自身の経験から感じたことを言葉にしたものです。

FIREや働き方、生き方にはさまざまな考え方があります。
どれが正しい・間違っているという話ではなく、
ひとつの個人的な視点として読んでいただければ幸いです。